遊泳舎の本棚 016『昭和歌謡 出る単 1008語』

いよいよ元号が「令和」に変わりました。ゴールデンウィーク中はテレビでも平成を振り返るような特番が多く組まれ、あらためて新時代の幕開けを感じさせられます。

平成に区切りがついた今、そのひとつ前の時代である「昭和」は、さらに遠いものとなりました。私は平成生まれですが、昭和に生まれられなかったことを悔やんでいるくらい、昭和を愛してやみません。中でも「昭和歌謡」という文化は、娯楽が多様化した現代では考えられないほど輝かしい、時代の宝物だと思っています。

これまでに昭和歌謡をテーマにした本は数多く生み出されています。昭和歌謡好きをターゲットにした、少しマニアックな本が多いイメージですが、今回は、中でも一風変わった面白い切り口で構成された一冊をご紹介します。

まず、手に取ると、その辞書のようなボリューム感のある佇まいに圧倒されます。内容は、「昭和歌謡の歌詞における『頻出単語』1008語を掲載した」というもの。見た目のインパクトを裏切らない、参考書顔負けの内容になっています。

「頻出単語」という視点から歌詞を読み解くと、確かに昭和歌謡の言葉選びには独特のセンスがあることが分かります。たとえば「しのび逢い」や「煙草の匂い」、「ゆきずり」などの言葉は、近頃のJ-POPではあまり耳にしませんし、思わず「昭和歌謡っぽい!」とツッコミを入れたくなってしまいますよね。選ぶ言葉ひとつで、大人の恋のムードが漂ってきたり、切ない情景が浮かんできたりするところが、昭和歌謡の大きな魅力です。

選び抜かれた単語はあいうえお順に紹介されていますが、それぞれの単語に添えられた著者・田中稲さんの解説文が、またユニークです。

【うつろ】
心ここにあらず、といったボンヤリした感じ。悲しい過去を引きずって、現実を受け入れられない様子。視線がこの状態になった女性はやたらモテる。隙だらけなところが、男性の支配的欲求を煽るようだ。

本文中より


言葉の意味だけにとどまらず、昭和歌謡における使われ方や、そこから展開されるストーリーまでを想像できる文章なので、元の曲を知らなくても読み物として楽しむことができます。また、同じ作り手として感服するのは、これだけの数の単語を探し出し、これだけの解説文を書き上げた田中さんの愛と執念。

さらに、章と章のあいだには「昭和歌謡10の考察」のコラムが差し込まれています。通常、章のあいだのコラムは箸休め的な役割を担うことが多いのですが、本書ではその域を脱し、法律や小道具、地名などのテーマで綴られた、非常に読み応えのある考察文が並びます。

「時には娼婦のように」の主人公など、口紅や靴下の色を指定するのは序の口で、脚を広げろだのウインクをしろだの、性交渉の際のしぐさに事細かに指示を入れる始末。(中略)現在、こんなやり取りをLINEでしようもんなら、女性から「セクハラですよ! これを証拠に訴えますよ!」とキレられそうだ。

「【法律】で見る昭和歌謡」より


本書に掲載されている1008単語には、すべてその単語が使われている曲名の一例が記載されています。先に単語を見てどんな曲に使われているかをイメージしたり、気になる単語に出会ったら、その単語が登場する曲を聴いてみたり、様々な楽しみ方ができるでしょう。昭和という時代の空気感がいっぱいに詰め込まれた、情緒あふれる一冊です。

(文・望月竜馬

昭和歌謡 出る単 1008語: 歌詞を愛して、情緒を感じて
著:田中稲
発行:誠文堂新光社
ISBN:978-4-416-61890-5

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