遊泳舎の本棚024『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』

気づけば8月も終わりですね。暦なんて単なる数字のはずなのに、なぜだかワクワクしたり、切なくなったり、気持ちが振り回されてしまいます。これは、四季の移り変わりがはっきりしている日本ならではなのでしょうか。今回は、そんな暦をより楽しく感じられる一冊をご紹介します。

本書は、春陽堂書店のWEB連載「今日のもともと予報 ことばの風吹く」の中から、103句を厳選した一冊。この連載は、2018年の5月22日から、一日一回、日めくりカレンダーのような形で更新されていたものです。作家の柳本々々さんが綴るちょっぴり不思議な世界を、イラストレーターの安福望さんがやわらかいタッチで描き出します。

手に取ると、まず装丁や造本にもこだわりが窺えます。手触りのよいトレーシングペーパーの帯に、「いい孤独」とだけ書かれた大胆なコピー。巨大なバームクーヘンの穴の中で眠るクマと男の子のイラストが描かれているカバーは、テーブルクロスのような模様入りの紙質です。

ちらりと覗く本体の背は、糸で綴じた背が剥き出しになっている、コデックス装という製本様式。まるで製造過程をそのまま切り取ったような味わい深さは、例えるなら「産地直送」でしょうか。コデックス装には本がぺったりとノド元まで開くという特徴もあります。イラストが見開きにまたがって掲載されている本書では、1ページ1ページをじっくりと楽しむのにぴったりです。

わたしはその思い出をわすれてしまっているけれど、思い出のほうがわたしを覚えているばあいがある。

10/15「もうバスがでるんです手をみせてください」より


柳本さんの飾らない言葉は、読み手を身構えさせることなく、そっと囁きかけてきます。いつもより早起きした朝の散歩道、昼下がりの会社の屋上、夕暮れの公園、眠れない真夜中……。誰でも、ふとした拍子に何かに思いを馳せたり、センチメンタルになったりすることがあります。柳本さんは、そんな心に浮かんでは消えてゆくはずの泡を、上手に掬い上げてくれるような気がするのです。

また、そこに添えられた安福さんのイラストも見事です。柳本さんの言葉の世界が、安福さんのフィルターを通り抜けて、あざやかに、優しく、やわらかく、シャボン玉のように画面いっぱいに広がるのです。イラストの色使いに注目すると、光の表現はまぶしいくらいにキラキラしているし、赤はめらめらと燃えているよう。青や水色はひんやりとつめたそうで、思わず紙の上を撫でてみたくなります。

WEB連載とは一味違う、文字組みの遊び心も紙の本ならでは。イラストの形に合わせて改行の位置を変えたり、文章が途中でカーブしたり、ページごとに、イラストに合わせて文字が配置されていて、本書の世界観に見事に溶け込んでいます。

疲れたときに占いをする気分で思いのままに本を開いてみるもよし。枕元に置いて一日一ページずつ味わっていくもよし。丁寧に編まれた、優しい気持ちになれる一冊です。

(文・望月竜馬

バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記
著:柳本々々/絵:安福望
発行:春陽堂書店
ISBN:978-4-394-90357-4

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