遊泳舎の本棚 029『昭和ことば辞典』

2019年も残すところあと二日となりました。今年は、令和元年という節目の年。きっと、多くの方々にとって記憶に残る一年になったのではないでしょうか。今年のはじめはまだ平成だったことが嘘のようですが、そんな私たちが生きてきた時代も、いずれは歴史上の出来事に変わってしまうと思うと、少し寂しい気がします。

しかし、平成が終わったからといって、私たちの生活もそこで終わるわけではありません。令和という時代がこれからどうなっていくのかは分かりませんが、私たちが生きていかなければならないのは確かです。「未知」とは、誰だって怖いもの。どうなるか分からないからこそ、どうなっても生きていけるような準備をしておかなければいけません。

そこでお薦めしたい一冊が、この『昭和ことば辞典』。

よく「時代は繰り返される」という言葉を目にします。確かに、数十年前に流行ったメイクやファッションが再び脚光を浴びたり、漫画や音楽などの古い作品が見直されたりする例がありますよね。「古い」という言葉は、それが古いことを知っているからこそ出てくる表現で、そもそも古いかどうかすら知らない世代にとっては、かえって新鮮に、その本質を受け取ることができるのではないでしょうか。「古い」の行き着く先は「新しい」なのです。

平成が終わり、昭和は一つ前の時代から、二つ前の時代になりました。これによって、私は今、昭和は「新しい」のではないかと感じるのです。そこには、学ぶべきことが多くあります。

本書は、冒頭で「昭和ことば」を次のように定義しています。

高度で複雑なコミュニケーションがくり広げられる現代社会に風穴を開ける知恵。退屈な会話に滋味をもたらし、円満な人間関係の構築に役立つ。正しい用法で使えば、上司や目上の人に一目置かれ、恋人、友人からの人望も得られる。本書では、おもに昭和一○~四○年代の日本映画のセリフを集めた。

(P3より)


ビジネスや恋愛、友人関係など、あらゆる場面で応用できそうな名作映画のセリフが、伊藤ハムスターさんのちょっぴりシュールなイラストを交えて紹介されています。たとえば忘年会・新年会シーズンに、お酒の席で使えそうな一言。

「決まりは三千円なんだけど、お持ち?」

(小津安二郎『東京暮色』)


本当は苦手なのに、しかたなく宴会の幹事を引き受けることもあるでしょう。「ひとり三千円くださーい」というのは少し生々しくて気がひける、そんなときは「お持ちですか?」という言葉を添えることで、上品でやわらかいニュアンスが生まれ、角が立たなくなるというわけです。

本書には、明らかに現代では目にしなくなったような表現が多数つまっています。しかし、表現は違えども、その根底にあるのは、相手への心遣いです。気に入った言い回しを自分なりにアレンジして使うこともできますし、あえてそのまま使うことで、年配の方の笑いを誘うきっかけにもなるかもしれません。


迷ったときや困ったとき、思い切って前に進んでみる勇気ももちろん大切ですが、同時に、少しだけ後ろを振り返ってみることも必要なのではないでしょうか。そこには、時代を生き抜いてきた先人たちの知恵というヒントが、宝のように眠っているはずです。

(文・望月竜馬

昭和ことば辞典
文:大平一枝
絵:伊藤ハムスター
発行:ポプラ社
ISBN:978-4-591-13039-1

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