遊泳舎の本棚040.5『うたうおばけ』

現在、日本では毎日およそ200点の新刊書籍が発売されています。もちろん、すべての本を読むことは到底できません。そんな中から運命の一冊を見つけてもらえれば、という想いからスタートした「遊泳舎の本棚」。

連載第40回目の到達を記念し、今回は特別ゲストとして福岡にある「ブックバーひつじが」の店主、下田洋平さんをお招きしました。たくさんの本とお酒に囲まれながら、日々、様々なお客さんを迎える下田さん。本をつくる編集者や、本を売る書店員とはまた違った目線を持っているのではないでしょうか。

それでは以下、下田さんの文章です。


“「うたうおばけとか、紹介しましょうか」”

もし目の前にいる人から突然こう尋ねられたらどう返答するだろう。「うん、ぜひ紹介してほしい」と二つ返事ができるだろうか。いまだにおばけとは一度も遭遇したことがない。ちなみにうたうおばけはシーツを被ってギターを弾く姿からその名がつけられた著者のともだちの一人である。

盛岡在住の歌人くどうれいんさんによって書かれたこのエッセイは、うたうおばけをはじめとしたさまざまな “ともだち” と過ごした日々について描かれている。至ってさりげなく、でも美しい言葉によって綴られたそれらの思い出は特別なもののようにキラキラとしていてなんだか羨ましくなってしまう。

ミオはその夜ほんとうに喪服で来た。赤い暖簾のラーメン屋でミオはカツカレーを、武藤さんはチャーシューメンを、わたしは回鍋肉定食を食べた。ミオはそれを「葬式」であると言い張った。

P12「ミオ」より


失恋の傷をラーメン屋で弔うミオのほかにも自分のことを「名人」と呼ばせる先生、思いをわざわざ暗号にして伝えるロマンチストなスズキくんなどなど登場人物がとにかく個性的。いったいどこでなにをどうしたらそんなにおもしろい人たちと巡り会えるのか。前世の行いか。

なんてことを書くと自分はおもしろい人と出会えていないのかと誤解をされてしまうかもしれないが、決してそんなことはない。バー店主という仕事柄、普段からいろいろな人と顔を合わせている。その中には底抜けに明るい人もいれば、ちょっと何を考えているのかわからないミステリアスな人もいて。ちょっぴりこわい人だっているし、でもおそるおそる蓋を開けてみると案外そういう人がやさしかったりもする。入れ替わり立ち替わりやってくる人たちと話ができる毎日がおもしろくないわけがない。

そんな風に生活の中でだれかと出会って、交わる機会は多かれ少なかれだれにだってあるものだろう。その一つひとつはさも当たり前のように目の前に置かれていて、だからなのかわざわざそれを有難がって眺めたりしない。でももしかしたらそうやって当たり前にあるものの中に、キラキラと光る瞬間があるのかもしれないし、くどうさんはそのキラキラを捕まえて言葉にするのが上手い。なんならちょっと捕まってみたくもある。

人生はドラマではないが、シーンは急にくる。わたしたちはそれぞれに様々な人と、その人生ごとすれ違う。だから、花やうさぎや冷蔵庫やサメやスーパーボールの泳ぐ水族館のように毎日はおもしろい。

P7「うたうおばけ」より


劇的な変化はそう毎日あるわけでもなく、日々は淡々とすぎていく。当たり前すぎて見落としている一瞬の中にキラキラしたものがある。『うたうおばけ』はその瞬間の大切さに気づかせてくれる。瞬間瞬間で訪れるちいさなときめきを集めていくと、誰かに紹介したくなるような “ともだち” が見つかるかもしれない。

(文・下田洋平)

下田洋平(しもだようへい)
福岡の片隅で夜な夜なひっそりと営業しているブックバーひつじがの店主。見た目に店主感はあまりなく、バイトと間違われ「店長はいますか?」と尋ねられることもしばしば。話している内容は基本的に毒にも薬にもならない。

Twitter: @bb_hitsujiga
Instagram: @hitsujiga

うたうおばけ
著:くどうれいん
発行:書肆侃侃房
ISBN:978-4-86385-398-0


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