遊泳舎の本棚041『あんなに あんなに』

紙の本を見るだけでテンションが上がってしまうのは、編集者の職業病といえるかもしれません。そのため書店では特に目的を決めず、ビジネス棚からコミック棚まで、ぶらぶらと無数の本を眺めて回るのが定番です。そんな中、偶然絵本コーナーの一角で出会った『あんなに あんなに』に心を打たれました。

日本を代表する絵本作家・ヨシタケシンスケさんの作品で、昨年「第14回MOE絵本屋さん大賞2021」も受賞しているため、ご存知の方も多いかと思います。

絵本としては小ぶりなA5サイズの表紙に描かれているのは、子どもを眺める母親の姿。そして私が手に取るきっかけになったのが、印象的な帯コピーです。

 いつか
 大人になる
 きみへ

 むかし
 子どもだった
 あなたへ

(帯コピーより)


このたった6行のコピーからもわかるように、本書は絵本でありながら完全な子ども向けではなく、むしろ大人に向けた強いメッセージが込められているように感じました。内容は、ページごとに「あんなに~だったのに」という書き出しの短い文が添えられた、イラスト主体で展開されていく物語。そのすべてが、母親の目線で語られています。

たとえばP6には「あんなに きれいに したのに」という一文と、子ども部屋を掃除する母親の姿が描かれています。対するP7に描かれているのは、散らかった部屋の様子と「もう こんな」という一文。このように、大人の目線で思わず共感できるようなシーンが繰り返され、日常をユーモラスに描くヨシタケシンスケさんの観察力にクスリと笑えます。

ところが読み進めていくと、あるページを境に「もう こんな」という言葉の意味が変化する瞬間があります。子どもに対する可愛らしさやいじらしさのニュアンスが強かった「もう こんな」という言葉が、いつのまにか寂しい響きに聞こえてくるのです。そして最後のページに辿りついたとき、思わず涙がこぼれそうになり、あわてて本を閉じ、そのままレジに向かいました。

自分が子どもの頃に本書を読んでいたら、今とは違った感情を抱いていたと思いますし、将来あらためて読み返したら、また新たな発見があると思います。永く所有し、大切に読み継いでいきたいと思える一冊です。ぜひ、過去を懐かしみながら、未来を思い浮かべながら、温かくも切ない気持ちに包まれてみてください。

(文・望月竜馬

あんなに あんなに
著:ヨシタケシンスケ 
発行:ポプラ社
ISBN:978-4-591-16982-7

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