ワークショップ「クリエイター2.0 ~編集者が教える持ち込みのノウハウ~」に関するご説明

 2019年6月15日に赤坂の書店「双子のライオン堂」にて開催したワークショップ「クリエイター2.0 ~編集者が教える持ち込みのノウハウ~」に関して、一部の参加者の方がトーク内容を誤解して受け取り、その上で弊社を非難するようなSNS上の書き込みを行なっているようです。こちらの意図が上手く伝わらなかったことは残念極まりなく、その点については誠に申し訳なく思っております。

 一部ではありますが、当日の話に補足を加え、まとめましたので、ご一読ください。

このワークショップの対象者は、出版実績のないクリエイター

 今回のイベントは、募集の段階から、これまで出版の実績がなく、出版以外の活動でも世間的に認知度が高くないクリエイター(ライター、カメラマン、イラストレーターなど)向けに開催されました。このような方々が「どうやったら出版社への持ち込みで採用されるか=本を出せるか」のヒントとなるお話をさせていただいた次第です。

◆対象
・出版社への持ち込みで成果を出したい人
・文章、イラスト、写真、クラフトなど創作活動のステージを上げたい人
・出版を通じて仕事をアップデートしたい人
・本を出版するのに興味がある人
・出版の過程に興味のある人

◆構成
①出版不況だからこそ、本を出版するチャンス
②著書が仕事をアップデートさせる
③無名の作家、クリエイターが本を出版する方法
④採用される企画の持ち込み方
⑤質疑応答
⑥個別企画相談

※イベント募集時の「対象」と「構成」


たくさんのクリエイターが割拠する中で抜きん出る持ち込みの方法

 作家から出版社への持ち込みというのは、割と頻繁にあります。創業半年で世間的には無名の小さな出版社である弊社でも、月に1回程度は持ち込みをいただくことがあります。その際、多くの方がポートフォリオだけを持っていらっしゃいます。イラストレーターの場合、自分の描いたカットがまとまられたファイルを持ってくるというような感じです。

 この「ポートフォリオを持っていく」のが持ち込みの王道ではあります。ただ、ライバルである他の作家と同じ方法で持ち込みをしていては、どうしても集団に埋もれてしまいます。そのため、ポートフォリオだけを見て、すぐに仕事を依頼できる可能性は、非常に低いでしょう。なぜなら大抵の編集者には、仕事を依頼する作家の候補が何人~何十人もいるからです。その候補はざっくり以下の3パターンに分類することができます。

Ⓐ過去に仕事をしたことがある作家
Ⓑ仕事をしたことはないが、一緒に仕事をしてみたい作家
Ⓒ仕事をしたことがなく、存在を把握している作家


 Ⓐは、すでに仕事をしたことがあるので、実力はもちろん仕事のやりやすさなども把握している間柄です。中には実績のある作家も含まれるでしょう。依頼先の第一候補といえます。

 Ⓑは、仕事をしたことはないけれど、作風や過去の活動に惹かれ、機会があれば仕事を依頼したいと考えている方々です。もちろん実績のある作家も多く含まれています。

 Ⓒは、同じく仕事で関わったことはないですが、作風なども含めて存在を把握している方々です。

 もちろん仕事の依頼は、さまざまな条件が企画に合うというのが前提ですが、同じ条件であれば、ⒶかⒷの方にお願いする可能性が高いのは言うまでもありません。

 さて、持ち込みの話に戻りますが、単純にポートフォリオだけの持ち込みの場合、良くてⒷ、多くはⒸに分類され、順番待ちの状態になってしまいます。これでは集団の中の一人に過ぎないのです。

 この「集団から一歩抜け出すための方法」としてお話させてもらったのが、以下の二点です。

①ポートフォリオ+企画を持ち込む

 持ち込みを行う作家自身が「こんな内容の本を作りたい」「自分の作品はこんな風にすると読者に求められる」という企画案を提示することで編集者の持つ印象が大きく変わります。

 たとえば野球のイラストを描いているイラストレーターがいるとしましょう。選手や道具、球場などの絵をポートフォリオにして持って行くのに加えて、企画書として「野球道具図鑑」を提案するというような具合です。

 もちろん、その企画が最初から完璧である必要はありません。それを土台に編集者と一緒にブラッシュアップしていけばいいからです。企画を考えるための「種」を持ち込むイメージです。

 しかも、自分で提案した企画案であれば、編集者がその企画で他の作家と組むことは道義的にありません。編集者が思いついた企画の場合、ポートフォリオだけを持ち込んだ多数の中の一人であったのに対し、自分で持ち込んだ企画だと選択肢を一択にすることができるというわけです。

 また、純粋な作品集(小説、詩集、写真集、画集など)を出版したいという企画を提案されることもあります。しかし、この作品集というのは出版のハードルが非常に高いものです。よほど著名であったり、何らかの話題づくりができたりしない限り、無名の作家の作品集をそのまま出版しようとする版元は少ないでしょう。

 もちろん、無名だった著者の純粋な作品集がヒットした例もあります。そして、それは作家の才能に出版社、編集者が賭けて成功した美談として語られることもあります。しかし、それは氷山の一角に過ぎません。実際には期待した部数が売れなかった本や、そもそも売るのが難しいと判断され、編集会議で通らなかった企画がその何倍もあるのです。

 自分の才能を認めてくれる出版社、編集者を探し歩くという手段も、決して間違っていることではありません。しかし、純粋な作品集にこだわらずとも、自分の表現したいことを本にする企画は考えられますし、実績や経験を積むことでいずれ作品集を出せる日が来るかもしれません。

 その第一歩として、まずは出版社に採用される企画を考えてみることも、選択肢の一つではないでしょうか。

②自ら販路を見つけて売れる企画であることをアピールする

 出版は基本的に受注生産ではなく、見込生産です。つまり、売れるであろう部数を予測して、初版部数を決めています。たくさん刷れば、当然売れ残った際のリスクも大きくなります。逆に、少ないと一冊当たりの単価が上がるため、あまりに少部数で出版することは現実的ではありません。

 この部数の予測が簡単でないため、俗に「出版はギャンブル」と言われることがあるほどです。ましてや実績のない著者を立てる場合、さらに予測が難しくなります。なので、企画自体を面白いと感じても、具体的な販売の道筋が見えなければ簡単に出版に踏み切ることができません。

 先程と同じく「野球道具図鑑」が持ち込み企画であったと仮定した場合、読者層として考えられるのは野球ファンです。例えば書店以外にも、野球用具店で取り扱ってもらえる可能性があるかもしれません。過去にスポーツ雑誌でプロ野球のイラストを描いて球団と繋がりがあれば、球場のグッズショップで扱ってくれることもあるかもしれません。本が発売になった後、イラスト原画展をする計画を立て、会場での販売用にギャラリーなどが本を買い取ってくれる場合もあるでしょう。

 仮に、スポーツショップが100冊、球団が300冊、ギャラリーが100冊買い取れるとなると合計500冊の販売先が見込めます。こういった話を提示することで、出版社側のリスクも多少軽減されるため、出版するハードルがグンと下がるのです。

出版社が何をしているか

 では、編集者は企画を考える努力をしていないのでしょうか? 出版社は売る努力をしていないのでしょうか? 少なくとも弊社の場合は、そんなことはありません。

 そもそも持ち込みの企画を本にするより、自分たちで企画を立ち上げて出版するケースの方が多いのが現状です。たとえ著者が持ち込んできた企画を採用する場合でも、そのまま本にするということは、まずないと言っていいでしょう。例えば先程の「野球道具図鑑」の企画を提案されたとしたら、「用具の種類を紹介するだけでなく、メーカーに取材して工場の様子をイラストルポにした項目もあった方がいいんじゃないか」「企画案では四六判の本だったが、本体価格が上がっても大判の本にすることで、読者に購買意欲を湧かせることができるのでは」などをはじめ、構成内容から本の仕様に至るまで企画をブラッシュアップしていきます。

 販売についても同様です。なるべく多くの書店で扱ってもらうように営業をするのはもちろん、出版イベントを行ったり、様々なメディアで取り上げてもらうように話を持ち掛けたりして、一冊でも多くの本を読者に届ける努力をしています。当然ですが、仮に著者が見つけてきた販売先であっても、卸値の交渉や本の発送、代金の回収といった細かい作業を行うのは、もちろん出版社です。取り扱い先に何度も足を運び、その後も具体的な展開のやり取りを続けていきます。

出版社にとっても、作家にとっても本を出したところがスタート

 本作りは、発売してしまえばゴールというわけではありません。出したところが本当のスタートです。一人でも多くの方に本を届けるため、まず出版社が動くのは言うまでもありませんが、その上で著者にも自分の本を宣伝し、自分で売っていくという意識を持ってもらいたいと考えています。「本はできたからあとは出版社でやってね」という著者よりも、自分自身が動いて、読者に本を届けていく意識のある著者と仕事をしたいと考えるのは極めて自然なことです。

 著者は、自らの表現や制作の対価として印税を受け取ります。その裏で、出版社も制作費や流通費をかけ、企業としてリスクを背負っています。特に弊社のような小規模の出版社では、作った本を売らなければすぐに収入が断たれてしまうわけですから、そこで売る努力を怠るはずがないのは、企業の論理から言っても当然です。

 他の出版社の体制や、編集者の考えは分かりません。ノルマを達成するため、本ができたら次の企画に興味を移している人もゼロではないでしょう。営業は営業部に任せて口を出さない、あるいは出せない場合もあるかもしれません。しかし、弊社は自分たちで作った自分たちの会社です。小さな出版社が、企画も販売も著者に丸投げして生き残れるほど甘い業界でないことは承知しています。そのため、一冊一冊に対する当事者意識は誰にも負けるつもりはありません。

おわりに

 私自身、人それぞれ多様な考え方があって良いと考えていますし、出版業界を盛り上げるための議論があることは喜ばしいことだと思います。当たり前のことですが、ワークショップでのトーク内容も、ここでお伝えさせていただいたことも、参加者及び、クリエイターの方々に決して強制するものではなく、選択肢の一つとしてご提案しているに過ぎません。

 上記の内容以外にも出版不況と言われる業界の状況や出版の魅力、出版することで生まれるクリエイターの方々のメリットなどのお話をさせていただきましたが、今回は割愛させていただきます。

 なお、当文章はワークショップの内容をお伝えすることが目的ではなく、誤解して受け取られた一部の参加者の方および、それに付随するSNS上の書き込みなどを目にした方々に対する弁明のために筆を執らせていただいた次第です。

 この上で、イベントに参加されていた方はもちろん、それ以外の方でも、さらに詳細な説明を希望される方は、弊社の代表アドレス(info@yueisha.net)までご連絡ください。友好的にお話しさせていただく所存です。

 お見苦しい内容を最後までご覧いただき、ありがとうございました。

遊泳舎代表 中村徹

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