みなさんが嬉しくなる瞬間はどんなときですか? 私は、誰かが何かを楽しそうに語っている姿を見るとつい、嬉しくなってします。それが自分と共通の好きなことであったら特に。
今回ご紹介させていただく本は、私の好きな大リーグを、誰よりも楽しく語る著者の大リーグコラム集です。
本書の著者は、当代きっての大リーグ通であり、医師でもある向井万起男氏。2009年には『謎の1セント硬貨 真実は細部に宿るinUSA』で講談社エッセイ賞を受賞したエッセイストでもあり、宇宙飛行士・向井千秋さんの夫としても知られています。
100年以上ある大リーグの細かい記録を次々と繰り出してくるところは、大リーグファンをも唸らせること間違いなしの濃さがあります。さらに、小説や映画のちょっとした場面に出てくる野球ネタを交えながらの話は、野球というスポーツがアメリカの文化に触れるための扉のひとつであることを感じさせてくれる非常に優れた読みものです。
そのうえで私が、この本の一番の魅力だと感じる点は、向井氏の大リーグ愛です。数ある野球関連本の中でも、これほど著者自身が楽しそうに野球を語る本があっただろうかと思うほどの熱狂ぶりは、読み進めるにつれて読み手を惹きつけていきます。それは自分と共通の趣味・趣向を持った人を見つけると、誰しも嬉しくなるからではないでしょうか。
私がタイ・カッブの意外な一面に驚いていると、オネエサンが“ミスター・カッブの現役時代の年俸は大したことなかったのに、どうして多額の寄付をできたか知ってる?”。私はニヤッとして答えた。“それはオレにもわかりますよ”。すると、オネエサンもニヤッとしながら言った。“博物館にはそれに関する展示もあるのよ”。私は“それってどんな展示なんだ?”と思いながら博物館に入って行った。
「“球聖”と呼ばれる男の故郷」より
自分の好きなことを誰よりも楽しみ、それを楽しく語ることができる。人に何かを伝える表現者として、大切なことを教えられる深い一冊です。
(文・中村徹)
『人に言いたくなる アメリカと野球の「ちょっとイイ話」』
著:向井万起男
発行:講談社
ISBN:978-4-06-511936-5