タキシードに身を纏い、懐にはワルサーPPKを忍ばせて、アストンマーチンDB5を颯爽と乗りこなす。みなさんが思い描く「スパイ」とは、『007』に登場するジェームズ・ボンドや『ミッション:インポッシブル』のイーサン・ハントのようなスタイリッシュで華麗な人物ではないでしょうか。
しかし、これらはあくまでエンターテインメントとして描かれているフィクション。私も含め、ほとんどの人は本物のスパイを見たことがありません。実際のスパイとは、どんな人たちで、どのような活動をしているのでしょうか?
今回の「遊泳舎の本棚」は、イスラエルの秘密諜報部=モサドでトップ・エージェントとして活躍した著者が綴る、スパイ入門書です。
スパイのなり方、養成方法、情報収集や偽装・尾行などの仕事内容、異性との関わり方、報酬、捕まった場合、引退後の身の振り方まで、スパイに関わるあらゆる話を著者が実体験に基づいて紹介しています。しかも、ユーモアたっぷりの語り口は読者を飽きさせることがありません。
さらに本書の秀逸な点として、読者のスパイとしての適性を診断する設問が用意されていることが挙げられます。これにより読者自身が新人スパイの試験を受けているかのような緊張感を持って読むことができるというわけです。
2 秘密情報部員として、あなたの正体あるいはあなたの仕事の本性を打ち明けずに、多かれ少なかれ恒久的なベースに立って異性と暮らすことができるか?
a そういうことはとてもできない。
「第六章 スパイと異性」より
b できるかもしれない。
c 問題なし。
本書では、捕まった場合に拷問で口を割らないのは無理であること、秘密情報部員は危険度の割に給料が安いことなどが赤裸々に書かれています。冒頭のようなスパイアクションのヒーローに対する憧れを砕いてしまう面もあるかもしれませんが、現実を知ることで、よりフィクションを楽しめる面もあるはずです。
(文・中村徹)
『スパイのためのハンドブック』
著:ウォルフガング・ロッツ/訳:朝河伸英
発行:早川書房
ISBN:978-4-15-050079-5