遊泳舎の本棚 018『コーヒーゼリーの時間』

沖縄はすでに梅雨入りしたらしく、全国的にもじめじめとした季節が続いています。雨の日は外に出かけるのも億劫で、なんとなく気分も沈んでしまいますよね。ただ、窓の外から聴こえる雨音に耳を傾けながら、そっと物思いに耽るのも、雨の日ならではの楽しみかもしれません。

そんな日に逃げ込みたい場所のひとつが、喫茶店。雨の日は通勤や通学の様子もどこか慌ただしく、なかなか心が休まりません。だからこそ、静かな店内で雨やどりをしていると、外の世界の喧騒から逃れられたような気がして、憩いを感じることができるのです。

そんな日に、少しだけ特別なデザートを食べるとするなら、みなさんは何を頼みますか? 私は迷いなくコーヒーゼリーを選びます。「動」ではなく「静」。「太陽」ではなく「月」。パフェやケーキのように派手ではないけれど、甘くほろ苦い小さな物語が器の中に広がっています。

今回ご紹介するのは、そんな「コーヒーゼリー」が主役の本。

まず、タイトルを「ガイド」でも「手帖」でもなく、コーヒーゼリーの「時間」としたところにこだわりを感じます。私はコーヒーゼリーを単なるグルメやスイーツだとは思っていません。どんな器で運ばれてくるのか、どんな風に喫茶店の風景に馴染むのか、スプーンを差し込むとどんな感触がして、どんな風に崩れ、そしてどんな味や舌触りがするのか。目の前に現れてから食べ終えるまで、コーヒーゼリーはひとつの「体験」を私たちにもたらします。そう、まさにコーヒーゼリーの「時間」なのです。

冷たく苦い。甘い。つるっと舌の上を滑り、のどを落ちていく。保たない、儚い。
きっとあなたも、そんなコーヒーゼリーのファンになる。

「まえがき」より


そんなリード文にせき立てられてページをめくっていくと、そこには20店舗にわたるコーヒーゼリーに定評のある名店の紹介が綴られています。それも、単に情報を羅列するのではなく、読者がまるでその空間に足を踏み入れたと錯覚するような、きわめて体温の感じられる文章によって。

各項目の扉には、コーヒーゼリーとともにその店の雰囲気を切り取った写真が添えられており、本の扉がまるでお店の扉のように思えてきます。一冊を通じて、読者にもひとつの「体験」を与えるつくりになっているのです。

また、巻末の32ページ分は「Coffee Jerry Column」として、コーヒーゼリーにまつわる歴史やこぼれ話などのコラム。ほどよい緊張感の中でじっくりと描かれた本編の読後にぴったりの、やわらかい内容です。

コーヒーを飲むのに年齢制限はないけれど、その味の特徴のひとつは「苦み」だから、大人の階段を上がりながら、徐々においしく感じられてくる飲みものにはちがいない。

「グリコ訪問記(前編)「カフェゼリー」の歴史をたどる」より


ちなみにコラムのページだけ、本編とは別の用紙が使用されています。こうした細かい点にも、作り手のこだわりが感じられますね。

コラムでも触れられていますが、私がコーヒーゼリーの魅力に目覚めたのは、学生時代にグリコから発売された「ドロリッチ」でした。初めて飲んだとき、味といい、食感といい、「これは人を狂わせる飲み物だ!」と確信したのを憶えています。大人の真似をして背伸びしてみたいけれど、まだ子供心も捨てられない、そんな思春期の少年に似つかわしい飲み物だったのかもしれません。

張りつめた生活の中で、コーヒーゼリーは大人を小休止させてくれる貴重なアイテムです。コーヒゼリーが好きな方もそうでない方も、ぜひ本書に流れる時間を味わってみてください。

(文・望月竜馬

コーヒーゼリーの時間
著:木村 衣有子
発行:産業編集センター
ISBN:978-4-86311-116-5

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