遊泳舎の本棚023『A面に恋をして 名曲誕生ストーリー』

みなさんには「思い出の一曲」がありますか? 幼い頃に両親が口ずさんでいたメロディー、お小遣いで初めて買ったCDやレコード、失恋や受験勉強などの辛い時期に励ましてくれた歌声……。音楽は人生のあらゆる場面で私たちに寄り添ってくれます。

そんな聴き手の心を動かす音楽ですが、一方で作り手の人生を変えることもあるのです。今回紹介するのは、数々のアーティストにインタビューをし、名曲の裏に秘められたドラマを探った一冊。

まずページをめくると現れるのは、発行元であるリットーミュージックのロゴをレーベルのようにあしらい、担当編集者や編集長の名前が作詞家や作曲家のように記されたレコードのようなビジュアル。目次もレコードジャケットの曲目のように並んでおり、音楽への愛があふれたデザインになっています。また、目次のQRコードを読み取ると、公式サイトで各曲が視聴できるようになっており、登場する原曲を知らない読者への配慮も欠かしていません。

おおまかに年代順に紹介されているという13曲。主に1970年代から1980年代にかけて時代を彩った名曲たちですが、中でも気になったのが、1978年に発売されたさとう宗幸さんの「青葉城恋唄」のエピソード。この曲は、さとうさんが担当する仙台のローカルラジオ番組で、募集した歌詞に曲をつけるというユニークな試みから生まれたものでした。本来、番組を盛り上げるために始まったこの企画。毎週、それほど多い数の詞が届いていたわけではなかったため、特に選別することもなく、送られてきた詞にはすべて曲をつけていたそうです。

この「青葉城恋唄」の詞を投稿したのは、星間船一さん。ほとんど直すところもなく、メロディもつけやすかったため、5分ほどで曲は完成したといいます。そこから、毎週のように「先週のあの曲をもう一度聴きたい」というハガキが届き、やがてレコード化。発売10日で5万枚を超えるヒットを記録しました。しかし、この歌詞には一箇所だけ問題があったといいます。それは「時がめぐり」という部分。

タイムは過ぎていくだけで、めぐってくるものじゃないと。だから、タイムからシーズンにして、「季節」と書いて「とき」と読ませればいいと。

p34 より


こう指摘したのが、日本歌謡界の巨匠、阿久悠さん。「青葉城恋唄」は、その年、日本作詩大賞を受賞しますが、奇しくも受賞を争ったのが、この阿久悠さんでした。

また、「青葉城恋唄」の歌詞には「葉ずれさやけき」「瀬音ゆかしき」といった、日本語の美しい響きを大切にした、自然を思い起こさせる情景がたっぷりと含まれています。アイドルが勢いづいていた当時、この曲の価値が認められたことは、日本語の貴さを見つめ直す大きなきっかけになったのではないでしょうか。

他にも、現在では曲のタイトルとしてありふれた「初恋」の草分けともいえる、今は亡き村下孝蔵さんの楽曲へのこだわりや、AKB48グループのプロデューサーとして知られる秋元康さんの駆け出し時代のエピソードなど、「昭和」とひとくくりに終わらせてしまうのはもったいないドラマが紹介されています。

過去に起きた出来事は、決してその当時だけで刹那的に完結しているわけではありません。過去を知ることは、現在がどのように形づくられたかを知ることになるからです。日本の音楽の歩みを学ぶことで、きっと毎日耳に飛び込んでくるメロディーが、これまでと違った響きを持つことでしょう。

(文・望月竜馬

A面に恋をして 名曲誕生ストーリー
著:谷口由記
発行:リットーミュージック
ISBN:978-4-84563-221-3

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