就職が決まって、期待と不安が入り混じった最後の春休み。母と一緒に、地元の紳士服店へ出かけました。
初めて選ぶスーツは、どれも大人びて見えて、着心地もなんとなくそわそわ。「自分には似合わない」なんて照れながらも、少しだけ背伸びをした気分になったのを覚えています。
当時は店員に言われるがままスーツを選んだけれど、いざ社会に出てみると、自分のスーツ姿が端からどのように映っているのかは分かりません。
一見、どのサラリーマンの着ているスーツにも大きな差はないように思えますが、よくよく見てみると、同じスーツでも、垢抜けた雰囲気を醸し出している人もいれば、逆にスーツに着られてしまっているような人もいます。
いわゆる「紳士」と呼べるような佇まいの人は、年配の人に多いように思えますが、単に年齢だけの問題ではないはずです。実際、自分が歳を重ねても、スーツに関する知識は、社会人になりたてのあの頃とさほど変わっていません。
では、いかにして人は紳士に近づけるのでしょうか。そんな悩みを解決し、人生の節目でビシッとスーツを着こなすための師となってくれるのが本書です。著者の井本拓海さんは、若い頃から海外での仕事を経験する中で、スーツの重要性を痛感し、研究するようになったといいます。
僕は25歳から海外業務を経験してきた。同期や同僚も日本人に囲まれて育った人たちに比べると、自分が若手であるという意識は薄れ、会社の代表としてどう振る舞うべきかに頭を悩ますようになっていった。
(P4「はじめに」より)
その中で服装は厄介な問題だった。誰にも相談できない「仕事」だからだ。
仕事にはマニュアルが存在しますが、ファッションには明確な正解が存在しません。そのため、他人に教わるのも難しい。かといってファッション誌で紹介されているような一流のブランドで固めるのも、財布が許してくれないでしょう。
そこで、本書の三つの特徴である「スーツのルールを網羅できる」「ミニマルで所有できる」「クラッシックがわかる」をおさえておけば、最小限の負担で、長く、なるべく格好良いスタイルを見つけられるようになります。
たとえばシャツやジャケットの章ではサイズ合わせの方法や生地、色などの選び方が分かりやすく紹介されています。多くの人が手を伸ばしがちな「白シャツ」「黒スーツ」が実は正解ではない、といった目から鱗の情報も、すべて合理的に説明されているため、自然と納得してしまいます。
他にも、靴や小物などのアイテムや、トータルの組み合わせ方まで幅広く、イラストも交えて丁寧に解説されているため、思わず今すぐにクローゼットの中身を見直したくなる欲求に駆られるほどです。
自分が選択した「スタイル」を身にまとうという感覚を手に入れたら、スーツを着られる毎日は楽しくて仕方ないだろう。これが、努力や積み重ねをした者だけにもたらされるリターンではないだろうか。
(P148「スーツと金融商品」より)
ファッションは頭で考えるのではなく、美的感覚を磨くもの。そう思う方も多いかもしれません。確かにそれも一理あると思いますが、どんな物事にも最低限おさえておくべきセオリーが存在します。それを知っているのといないのとでは、結果に大きな差が生まれるのです。
特にスーツ選びは、好き嫌いを問わず、多くの社会人が避けて通ることができません。そのため、スーツが好きな人はもちろん、「億劫だけど仕方なく着ている」という人こそ、ぜひ本書を手にとってみてください。スーツを着ている自分を好きになれる未来が待っているかもしれませんよ。
(文・望月竜馬)
『教養としてのスーツ センスなし、お金なし、時間なしでもできる世界レベルの着こなし』
著:井本拓海
発行:二見書房
ISBN:978-4576191959