小学生の頃、名札の裏に10円玉を入れていました。親に連絡が必要になったときに公衆電話を使うためです。携帯電話を所有し始めてからは、公衆電話に触れることもなくなると同時に、メールの存在により電話をかける機会も少なくなったように思います。そしてスマートフォンが普及した今では、そのメールすらLINEに替わり、テレビで天気予報を観たり、旅行先で地図を持ち歩いたりする機会も少なくなりました。
小学生の自分からは、きっとスマートフォンは魔法の道具に見えるでしょう。しかし、技術の進歩に対して始めは驚くものの、人は便利さに慣れてしまい、いつしか生活の一部に溶け込んでいきます。
初代iPhoneの発売は2007年のこと。ほんの十数年で生活は大きく変化しました。ならばもう少し長い期間で見たとき、私たちはかなり多くのものを時代の中に置き去りにしてきたに違いありません。今回は、なかでも絶滅した「動作」にスポットを当てた一冊を紹介します。
例えば100年後、
(P002「まえがき」より)
今使っている道具や物は、資料として残っているかもしれないけれど、
それを使っていた人の動作は、忘れられてしまっているのではないか。
そんな時代とともに消えていくであろう「動作」に着目して、
図鑑というかたちでまとめました。
本書は「絶滅危惧動作」という着眼点はもちろん、構成や魅せ方にもユニークさが光っています。
まず、章立てが「レベル順」になっている点。始まりはレベル5の「やったことがない 日常生活で見たこともない動作」。ここには「薪を割る」や「カツオ節を削る」などが分類されています。続くレベル4の「ちいさい頃に 何度かやったことがある動作」では「番号でカラオケの予約」「扇風機の前でしゃべる」などが、最後のレベル0では「今は普通にやっているけど、今後なくなってもおかしくない動作」として「掃除機をかける」「車を運転する」などが紹介されています。
つまり読者の年齢によって「レベル3までは体験したことがあるけど、レベル4以上は知っている程度」という具合に、ジェネレーションギャップを楽しみながら読み進めることができ、世代の異なる家族や友人との会話のタネにも打ってつけなのです。
そして驚いたのは、すべてのイラストに物が一切登場しない点。いずれのページも、シンプルな線で描かれた人物だけが、それぞれの動作を連想させるポーズをとっています。ページごとの描き分けが難しくなるため、制作側の視点から見ればかなり思い切ったアイデアです。しかし、結果的にその動作を知らない人は想像しながら楽しめる仕掛けになっていますし、動作が主役であるというテーマに沿えば、このアイデアは大正解だと思います。
生き物の絶滅危惧種と同じく、現在は低いレベルに分類されている動作も、10年後には絶滅寸前になっているかもしれない。そんな風に、少し切ない気持ちにもなりながら、過去や未来に想いを馳せてしまう一冊です。
(文・望月竜馬)
『絶滅危惧動作図鑑』
著:藪本晶子
発行:祥伝社
ISBN:978-4-396-63613-5