出版社をつくることを周囲に打ち明けたとき、たくさんの応援の声をいただくと同時に、「思い切った決断」をしたことに対する数多くの驚きの声もありました。
前回の編集手帳でも書きましたが、現在の出版業界は未曾有の不況といわれています。そんな時代に、大きな資本のバックもなしに、個人が出版社をはじめるというのは、世間一般からすると常識外れの選択なのかもしれません。実際、僕のことをよく知る先輩編集者からは、「最初にこの話を聞いたときは“どうかしてる”と思った」といわれたほどです。
今回は、出版社を設立するという選択をした理由についてお話します。
出版業界の新規参入は困難?
以前働いていた出版社で、自分の目標としていたプロジェクトのような仕事をやり終えたときのことです。将来のことも含めて新たな目標を探す中で、会社を辞め、出版社をつくるという選択肢が頭の中に降ってきました。
出版業界は、新規参入の難しい業界といわれています。最大の理由は、ほぼすべての出版流通を握っている取次が新規の出版社を歓迎しないことです。実際、出版社を立ち上げようとした人が取次との取引を断られたり、非常に不利な取引条件を提示されたりしたという話は少なくありません。それにより、出版社を立ち上げる人の数も多くはなく、新興出版社の代表格でもあるミシマ社の三島邦弘氏は著書『計画と無計画のあいだ』で“ぼくが起業した二〇〇六年は、「倒産百二十二社、創業十一社」といわれている”と綴っているほどです。
このような話は、すでに常識といっていいほどで、僕自身も出版社をつくることが簡単なことではないというのは理解をしていました。
(出版流通や出版業界の流れについては、また改めて書きたいと思います。)
迷ったときは「困難な道」「楽しそうな道」を選ぶ
この時点で、出版社設立の他に、一社員、一編集者として、会社で働き続ける道や、会社を辞めるとしても違う出版社に転職したり、違う職種の仕事を探したりする選択肢もありました。
このような岐路に立ったとき、僕は2つのことを指針にしています。
1つは「迷ったときは、困難な方へ進む」ということ。分かれ道があって平坦で楽な道とデコボコした困難な道があれば、普通は平坦で楽な道を選ぶと思います。でも、ここで大切なポイントは2つの道で”迷っている”というところです。迷わないのであれば、あえて苦労する必要もないので楽な道を選べばいいと思います。ですが、迷うということは自分にとって、本当はその道の方が良いと知っているからこそだと思うのです。
2つ目の指針は、「どっちが楽しいか」ということ。どんな仕事を選んだとしても多かれ少なかれ、大変なことはあるものだと思います。例えば、プロ野球選手なんて野球が好きで仕方ない人の集まりで、しかも才能の塊みたいな人ばかり。それでも色んな壁に当たって苦労したり、悩んだりしているはずです。
そんなとき、楽しいこと、好きなことだったら、逃げ出さずに頑張れるのではないかと思います。
僕が出版社をつくることを決めた理由は「自分で出版社をつくることが最高にワクワクする道で、最も困難そうな道だった」から。これに尽きます。その他の細かい理由は、これに比べれば大きな問題ではありませんでした。なので「思い切った決断」をしたということもなく、なるべくしてなった「自然な流れ」のようにも感じています。
この流れが、いつか大きくなり、皆様の下へ本を運んでくれたら嬉しい限りです。
(文・中村徹)