遊泳舎の本棚 020.5『キリンの子』

現在、日本では毎日およそ200点の新刊書籍が発売されています。もちろん、すべての本を読むことは到底できません。そんな中から運命の一冊を見つけてもらえれば、という想いからスタートした「遊泳舎の本棚」。

遊泳舎編集部が独断と偏見で本を紹介する連載も、早いもので第20回に到達しました。10回到達記念の時と同様、今回も特別ゲストをお招きし、編集部とは違った目線で本を紹介してもらいます。

それでは以下、書き手の滑川弘樹さんの文章です。



『キリンの子』は著者である鳥居の初歌集です。2017年に刊行されたので、ジャンルとしては現代短歌になります。短歌と聞くと、国語の授業で習うような古臭いイメージかもしれませんが、ちゃんと現代まで続いていて、それはそれは魅力的なジャンルなのです。

現代短歌や現代詩の魅力は、今生きていて言葉にできていない自分のなかの感情を、鮮やかに言葉で表してくれるところだと個人的には考えています。悲しかった思い出や、ストレスも、目を背けたくなるドロドロした思いも、美しく切り取って言葉にすることで、輝きだすのです。


さて、著者である鳥居の半生は壮絶です。幼いころに両親は離婚し、育ててくれた母も目の前で自殺し、ろくに義務教育も受けられず……。その半生は短歌にも大きな影響を与えていて、母の死や、その後の養護施設での辛い体験を歌った短歌が、『キリンの子』には数多く収録されています。

あおぞらが、妙に、乾いて、紫陽花が、路に、あざやか なんで死んだの

(P82)より

冷房をいちばん強くかけ母の体はすでに死体へ移る

(P28)より

爪のないゆびを庇って耐える夜 「私に眠りを、絵本の夢を」

(P34)より

虐げる人が居る家ならいっそ草原へ行こうキリンの背に乗り

(P46)より


悲惨な経験も、短歌として蘇ると魅力になります。鳥居の短歌は、悲しみとの距離の取り方が心地いいのでしょう。母の死も、辛い思い出も、その瞬間を切り抜いて歌うことで、そこに客観性と距離が生まれます。この距離に、読者の入り込む余地が生まれ、短歌としての魅力が生まれるのだと思います。

暗い短歌の静けさや鋭さも魅力ですが、鳥居の歌集は全編を通じて仄暗いわけではありません。

屋上へつづく扉をあけるとき校舎へながれこむ空のあお

(P131)より

手を繋ぎ二人入った日の傘を母は私に残してくれた

(P151)より


暗めのトーンの歌集のなかにも、木漏れ日のような光や明るさを感じる短歌が挿入されていて、それが歌集全体のバランスを絶妙にしています。

これからも生きる予定のある人が3か月後の定期券買う

(P76)より


ただ定期券を買うだけでも、そこには未来とか光とか明るいなにかがあるのかもしれない。鳥居の歌の暗いものが多いですが、その暗さが影となってふとした明るさを強調しています。そこが鳥居の短歌に私が惹かれた理由なのかもしれません。

現代短歌は、今自分が生きていて、何気なく通り過ぎてしまった日常や、言葉にせずに通り過ぎてしまった昨日を、美しく切り取ってくれます。その鮮度が、読んだときに追体験できるようで魅力的なのです。

もちろん、名作と呼ばれる短歌(詩)にもすばらしさはあります。普遍の感情や、ありありと浮かんでくる当時の情景、現代まで残り続けるすばらしい技法(決してこの本の著者である鳥居さんの技術が稚拙だとは言いません。第61回現代歌人協会賞受賞の、すばらしい実力を持つ歌人です)。

ただ、そういったいわゆる「名作」に抵抗感や食わず嫌いを感じているなら、あえて現代から入ってみるのも一つの手です。もし、教科書でしか短歌を読んだことがないという方がいれば、ぜひ。短歌とは、言葉とはこれほど美しいのだと感じられます。

(文・滑川弘樹)

滑川弘樹(なめかわ・ひろき)
芸能事務所、フリーランス、webメディアと職を転々とし、現在は出版社(クロスメディア・パブリッシング)勤務。そろそろ腰を落ち着けて、じっくり長く働きたい。

キリンの子
著:鳥居
発行:KADOKAWA
ISBN:978-4-04-865633-7

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