みなさんは、家族や恋人と食卓を囲んで、どんな会話をしますか? 趣味の話、仕事の話、あるいは他愛もない日常の話……。よくよく考えてみると、人生の大部分は、誰かとの会話に費やされているのかもしれません。そして、具体的に何を話したかなんて、時間とともに忘れてしまいます。現に、一昨日の夕食のとき、誰と何を話したかなんて、仔細には思い出せません。会話の多くは、刹那的なものなのです。
だからこそ、会話は面白い。やり直しの効かない舞台の上で、その場その場の生の感情で、相手とぶつかり合う。時に泣いたり、時に笑ったり、落ち込んだり、救われたり、会話には喜怒哀楽のすべてが詰まっています。本書は、そんな「会話」が織りなす絵本です。
主人公は犬の夫婦。二人が仲良く食卓で向かい合っているとき、妻のこんな問いかけから物語はスタートします。
もしも
(P8より)
明日の朝 おきたら
わたしが、まっ黒なクマに
なってたら
あなた、どうする?
すると、夫はこう答えます。
そりゃあ
(P10より)
びっくりするな。
「ぼくを食べないで」って言うよ
それから
朝ごはん 何が食べたいか
きみにきいて、用意してあげる
やっぱりハチミツ、好きかな?
誰でも一度は交わしたことのあるような冗談めかしたやりとりです。一目で分かるのは、この夫婦がお互いに気を許しあっている関係であること。その後も、妻は「じゃあ○○だったら?」と質問を重ね、その度にサラリと答える夫の姿に、思わずキュンとしてしまいます。妻がどんな風になっても受け入れるという夫のスタンスと、その度に差し込まれるお洒落なセリフは、まるでロマンチックな洋画の一幕を眺めているよう。現実だと少しキザに思える会話ですが、優しいタッチで描かれた犬の夫婦のやりとりなので、自然と世界観に引き込まれます。
二人が食卓で向かい合っているイラストが何ページも進むのですが、よく見ると夫は頬杖をついてワインを注ぎ足しながら喋っていたり、妻の方はそんな夫の返答に顔を赤らめて尻尾を振っていたりと、ファンタジーな設定とは裏腹な生々しい細部の描写にも注目です。まるで本当に二人の会話を覗き見ているような気持ちになって、想像が膨らみます。
短い文量の中で、愛とは何か、人生とは何かについて深く考えさせられる一冊。絵本ではありますが、ぜひ大人にこそ読んで欲しいと思います。情報過多の現代では、ついついネガティブな思考にとらわれてしまいそうになりがちです。しかし、本書のように、周りの人と一日に一度くらい「幸福な質問」を交わすことができれば、毎日が少しだけ明るくなるような気がします。
(文・望月竜馬)
『幸福な質問』
著:おーなり由子
発行:新潮社
ISBN:978-4-10-416301-4